2010年9月19日日曜日

白鳥の歌

北九州市立美術館分館にて「没後25年 鴨居玲 終わらない旅」という回顧展が開催中なんで見てきましたよ。



上舞です。



鴨居玲は戦後の神戸洋画壇を代表する画家として知られているようです。
自画像の画家とも称されるように、描かれる全ての人物あるいは物体は自己の内在を通して描き出されているイメージであり、老人、廃兵、酔っ払い、道化師、教会などのモチーフ全てが彼の分身であり画家の内宇宙が表現されている絵画であるようです。
私のイメージ上の“洋画家”らしいとでも申しましょうか。
画風や題材も陰鬱で暗いものばかりなイメージだったんで間違っても家に飾っときたくない感じの絵なのは間違いなかったんですが、実際目にすると光が幾重にも重なり合った重厚な暗闇であり、滲み出すような光の光芒を感ずることができる、非常に魅力的な絵の数々でした。
その作風とは裏腹に明るくユーモアあふれる人柄であったらしいですが、作品に表れているのかもしれません。
まぁ「静止した刻」に描かれているダイスはよく見ると数字の配置がありえない感じだしな。
文学から題材を取ることもあったようで、芥川龍之介より「蜘蛛の糸」の地獄絵図など、私がもう少し若ければ陰惨で迫力がありただただ気が滅入る嫌な絵だなという印象をもったことだろうなぁ。

だが今展の白眉はなんといっても「1982年 私」。
縦181.6×横259.0という大作なのもさることながら、総勢16名と1匹(犬)が描かれた群像画の中央に配された淡い光を放つ真っ白なカンヴァスが、ひときわ見るものの眼を奪わずにはおられないだろう。
一度でも“創作”ということに手を出したものならば、その大小多少にかかわらず感じざるをえない感情のうねりをそこに見出し、嫌でも目を逸らすことができないはずだ。

非常にメタフィクショナルな絵画であり、鴨居芸術の集大成に相応しい、非常に印象に残る作品である。
この作品を見るためだけにでも行く価値はあるというものです。

社会や人間の闇、奥底に潜む孤独や不安やを重苦しいタッチで描き出されている絵画たち、しかしそこにあるのは弱さの否定はなく、今もまだ終わらない旅を続けている人間をあるいは自分自身の本質を真摯にみつめ、問いかけ続けているひとりの画家の姿が自ずと浮かび上がってくるのです。

絵というひとつの窓宇宙をとおしてでも、我々は実に大きな旅ができるものなのである。