上舞です。
アーケードビデオゲームの元祖はピンポンかブロック崩しかと思っていたけれど、「コンピュータースペース」というのがあったようだ。
しかしながら一世を風靡したといって差し支えないのが『スペースインベーダー』(タイトー)であることに異論は無いだろうと思う。
シューティングの元祖でもあるこのゲームだが、ちょっと考えると結構特殊なゲームであることがわかる。
シューティング、レース、格闘にいたるまで、ほとんどすべてにおいてまぁゲームなんだから当然なのだが“勝つ”ことが目的となっている。
言い換えれば(コンピューターを含む)相手を打ち負かすことにカタルシスがあるといえる。
確かに侵略してくるインベーダー(敵)を一定数打ち倒せば次の場面に行く。
しかし『スペースインベーダー』はあくまでも防戦一方なのである。
ゲーム上表現がされていないだけで、ハードウェア上の制限で。
もちろんそういうことも出来るだろう。
だが次第に難しくなってゆく局面、残機という後の無さ、崩れてゆくトーチカ、攻め込まれている表現。
なんといってもループするがゆえに決して勝つことはないこのゲームの性質。
ハイスコアを出すことが目的であったのだ。つまりは他のプレイヤーを仮想とした対戦でもあったのだ。
ほんとうにそうなのですか?
たとえカウンターストップスコアに到達したところで、やめればあなたの負けなのだ。
とてもよく似た性質のゲームでこれも非常に流行ったが、「テトリス」とかが挙げられるだろう。
こちらはパズルゲームという違いはあるものの、性質がよく似てると思われてならない。
あなたはいま「狩る」タイプのゲームなどが流行っているとは思いませんか。
RPGには特にその傾向が強く見受けられるような気もします。
それともそれはある種の恐怖への裏返しですか・・・