2010年9月4日土曜日

君たちは滅びゆく種族なんだよ

火星人!



津田です。



というわけでレイ・ブラッドベリ「火星年代記〔新版〕」を読み終えたり。
んでせっかくだから“書庫”よりNV分類の旧版も借りぐらし。
外されているのは全26篇中15番目の「空のあなたへの道」一篇。これはニグロとかくろんぼ野郎という表現が出てくることからわかるように、黒人が火星に移住しようとする時の一人の白人の醜い様子を描いたもの。
代わりに入れられた2篇は「岸」と「とかくするうちに」の間に入れられた宗教に関するエピソード「火の玉」。
「火星年代記」は13の短篇をさらに短い詩的散文でつないだ連鎖小説とでもいうべき様式をとっているので、前述二つの短い文の間への挿入は前後の文脈にもそっており、なるほどここにはこの話が入ってしかるべきだなぁと感じさせる。
後半の「鞄屋」にちょっと出てくるペリグリン神父のひととなりもここでわかるし、なにより火星人の一部がどのようになったかの顛末が明確に語られているのはこの回だけだからだ。
超重要エピソード。
もう一篇は「空のあなたへの道」の場所に上書きされたかたちで「荒野」。
「荒野」は五月、「空の~」は六月のエピソードとされているんで削らなくてもとは思うけど、わりと似たようなテイストの話なんで差し替えたのかな。
二人の女性が火星出立前夜の地球での想いを綴ったもの。

さて、〔新版〕には作者による新たな前書き「火星のどこかにグリーン・タウン エジプトのどこかに火星」が挿入されておりそこでも言及されているのだが、科学技術に則った短篇は「優しく雨ぞ降りしきる」だけである。
つまりこの空想的年代記の短篇ひとつひとつはファンタジーであり純粋に神話なのだ。
しかしこの綴織の幻想的な横糸を部分から全体に眺めていくことで、隠された縦糸を垣間見ることができたとき、まごうことなきサイエンス・フィクションの様相を呈してくるのである。

まさに“定本”版「火星年代記」であります。
ハヤカワ・SF・シリーズでの“新訳”版が1963年、1976年にハヤカワ文庫NVに収録といつの時代にも読者に親しまれ楽しむことが今後とも確約されている名作『火星年代記』。

懐かしいという人もこれからという人も手にとって、あの赤い星を見上げてみるのもよいのではないでしょうか。