2010年7月5日月曜日

人は誰も真夏のランナー

9分で十分ですよ。



上舞です。



チャチャで二週間限定上映の「9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~」を観てきたわけですが、ティム・バートンは最近ダメダメだな。

まぁファンタジーにストーリーは求めませんという人なら映像的には面白いのでそれなりに楽しめるのかも。

中途半端にテーマ性や設定を付与するととたんに凡作化してしまうのは、なんだか「第9地区」の時にも感じたよな。

こんなんだったら9人じゃないけど「ガンバの冒険」のがよっぽど見る価値がある。


ダークファンタジーとして仮に好意的に考察するなら、

知性はあるが感情を付与しないまま軍事利用されてしまったマシーンを開発した科学者がいた。マシーンは人間に反乱、その暴走によりもはや人類世界が壊滅を免れないことは明白だった。科学者はセーフティーとして自らの感情→魂的なものを封じた9体の人形を製作。彼ら人形が人間の感情や魂的なものを人類絶滅後も永遠に保存してくれることを願うのだった。たとえ人形が全て破壊されても人形にはマシーンが捕食欲求を生じさせる装置を組み込んであるので、その生命→魂的なものはマシーンに吸収同化されるという仕組みなのだ。人間性を持った新たな存在としてマシーンを生まれ変わらせることは科学者の贖罪にもなるのだ。しかし、それぞれの人形は互いに独自の自我を持つようになり、結果的に彼らはマシーンを破壊。マシーンに吸収されていた一部の人形の生命はそのまま昇華。荒廃と絶望が支配する生命無き世界の中で、欠乏した不完全な人間性のデータを宿した人形は、ただ朽ち果てるまでこの辺獄をさまよう運命となったのだ。

というお話。

しかしここまでの解釈は画面からは微塵も感じさせない演出なんで、ティム・バートン版はダメだろって話だ。

9というよりneinですよ。

参考までに原作を下に貼っておきます。