2009年2月3日火曜日

小倉の奇妙な御祭

伝奇物語のネタ的なものが北九州にも数多くありますよね。

安徳ちゃんとか。


津田です。



星野之宣さんの『宗像教授伝奇考』を今一度まとめて読みたいです。

続編の『宗像教授異考録』は現在も連載中なのかな。こちらはまだ全然読んでない。

糟屋人に借りようか。


さて、
小倉には通称『小倉三奇祭』、尻ふり・しびきせ・わいわい、というものがあります。


○井手浦の尻ふり祭
 

お尻をピンピン振って豊作を祈る祭り。

結構有名らしいんですがしりませんでした尻だけに。

  「昔、平尾台に大蛇がいて悪さをするので、神様がこれを退治した。

ところが尻尾が井手浦に落ち、ピンピン尻尾を振ったそうな。

その年は10数年ぶりの大豊作に恵まれた」

ということに因み、始まったとか。

脈絡が良くわかりませんがこの大蛇、TVのニュースを流し聞きしてたら「ヤマタノオロチ」が云々って言った気がしたのでえええ?と思って調べたけどそんな情報ないよね?

聞き違いってことにしておこう。

春の農作業を始める1月8日、村人が当番座元の庭先(近年は井手浦公民館前広場)に集まり、

ワラで長さ4メートル、高さ3メートルの大蛇を作り祭壇を設け、

その前で神主さん、当番座元、翌年の座元の三人が腰をかがめお尻を振ります。

大きく振るほど大豊作らしく「もっと振れ、もっと振れ!」と賑わうらしい。

この後、神官が大蛇を三本の矢で射とめ、太刀で3ヶ所を斬るしぐさをして大蛇退治は終了。



○隠蓑のしびきせ祭


小倉南区隠蓑の里に古くから伝わるまつり。

源平合戦で敗れた平家の一門は、安徳帝は入水したと偽り、安住の地を求め隠蓑の里にさしかかる。

源氏の追っ手が迫っているのを知った里びとは、ワラの中に安徳帝をかくまい、追っ手の目をくらますことができた・・・という伝説にちなむ祭り。

毎年12月15日、安徳帝を偲ぶ祭と農村の収穫儀礼行事を合わせた祭として行われる。

神主がお祓いをした後、子どもたちがお互いにワラをかぶせ合い賑わうらしい。



最後は唯一の北区です。

○綿津美神社わいわい祭

1月16日は萩崎町鎮座の綿津美神社『わいわい祭』の祭礼日。

北九州メディアドーム近くにある萩崎町の中ほどにあり、妙見宮の飛び地境内神社のひとつらしい。

元々、三萩保育所が建ってる場所にあり、八大龍王社と呼ばれていたが、明治43年に妙見神社合祀。

鬼門除けのお祓いが主な行事。

正保2年(1645年)村に疫病がはやったとき、神徳によってようやく止んだので祭の締めくくりに「祝う祝う」と言っていたのが、「わいわい」の形になったと言われています。

太鼓を打ち鳴らしながら神主さんの先導で、賽銭箱を担いだ子供を従えて、町内を巡行。

四つ角に来ると神主がお払いをして「おーい、一つ祝うてくれ」と言う。

世話役は持っている堤燈を高くかざして「わーい、わーい」と応える。

また神主の「もう一つ祝うてくれ」の声に、再び皆で「わーい、わーい」と大声で応える。

このように順次旧萩崎村の区域を一周するようです。





北区と南区を合わせれば結構広い小倉とはいえ、三つも奇祭があるとは。


いやはやなんとも、

やっさヤレヤレだぜ。