2009年3月13日金曜日

正義の片身

カメンライドゥ・・・ゲッコウ!

(ムーンライトの方がよかったか・・・)




ファイナルフォームライドゥ・・・北方


以下は多分に想像が含まれています。だって見たことないしね。


欲にまみれた小さな人間である我々が、誘惑に負けず正義をなそうと志したとき、その正義に味方するもの。

それが月光仮面であろうと自分は考えます。

彼は正義そのものではありません。

月が満ち欠けにより移ろいゆくように、人の心もまた揺れ動きます。

悪と善とが混在する人々をあまねく照らし、正義に味方するものなのです。

ヒーローではあるものの、物語中での月光仮面はあくまでも脇役であったといえるでしょう。


結果的には悪人を懲らしめ、悪に翻弄される人々を救うのですが、月光仮面に正義があったからなのではなく、助けられた人々の行動や倫理観にあったということなのではないでしょうか。


どこの誰かは知らないけれど・・・


作中では最後まで月光仮面の正体が明かされることはありませんでした。


・・・誰もがみんな知っている


それは、その正義がいつしか視聴者の心のうちに宿ることを期待されていたからなのではないでしょうか。


正義が存在しなくても善と悪は存在しえる。

がそれはまた同時に、善と悪の双方を兼ね備えていても“正義”をなすことは可能だということを示しているように思えてならないのです。

悪の反対が正義なのではない。

また、悪を憎む心ばかりが育まれることが、正義であろうはずもない。


憎むな、殺すな、赦しましょう


真のヒーローにしかなしえないことですが、少なくとも正義の味方の味方くらいにはあろうとする姿勢を、自分は忘れないつもりです。


かわいいは正義!かどうかはこの際置いておくとして。