2009年2月22日日曜日

オレが、オ、トリになる

桑の葉が不足になるんじゃないかって思うんですよ。


最近カイコが多いだけに。




北方ん。


今回の「ドルアーガの塔~the Sword of URUK~」第7話「常春の館」はベタな話でしたがなかなか趣き深いものがありました。


べ、べつにサービスシーンが良かったわけじゃないんだからね(画像をキャプチャーしながら)


冗談はさておき。

作中、ハンドシグナルを交わすシーンがあるのですが昔ちょっとやってたサバイバルゲームを思い出しましたよ。


ハンドシグナルというのは、音声を使用出来ない、またはし難い状況でも速やかに基本的な指示や確認が行われるように定められている、手を使って出す各種サインの総称です。

おそらくその起源は太古の「狩り」に元を発するのではないでしょうか。

単純で明快なことしか伝え得ない、手で行う意思の伝達。

しかしそれだけに言語で行われる時よりも誤解が生じにくいという特性も持ち合わせており、伝わる意思は死を乗り越えお互いの絆をよりいっそう深める効果もあったに違いないとも思えるのです。

私たちヒトは意思を伝え合いたいという根源的な欲求を持っています。

それは生命の基本的構造に由来するものでしょう。

他のヒトと意思を疎通しようと試みるとき、そこに初めてヒトのあいだ、つまり人間が形成されうるのです。

ヒトはひとりでは人間足り得ない。


幸い私たちは様々な手段を行使することが出来ます。

ひとつの手段では単純なことしか伝えられない、ひとつの手段では誤解を生じさせる。

ならばふたつの手段を使えばよいのです。

また、新しい手段を編み出せばよいのです。


ヒトには天敵がいなくなりその「狩り」の能力を自身に向けがちです。

しかし見えないだけ、見ようとしないだけで天敵はいるのです。

それは美しき大いなる、生命を育みし大自然、

地球。

この地球から宇宙への進出こそ、天敵地球と本当に対話することの第一歩になるのです。



あーオチがなくてスミマセン。